台風は
いやはや すごい台風でしたね。19号。
日本中の被害を見ると凄まじさを感じますわ。
どんだけ被害出てるんだか、もうとにもかくにも消費税減税してくれんかな。
うちの周辺はたいした被害がなかったので、個人的には助かりました。
かなり準備しておいたので、肩透かし感はありましたが、何もないのが一番いいですからね。
そういやトラックボールがまた壊れまして。
交換してもらってギリ一年もたなかった感じですね。
やはりロジクールのm570系は一年から一年半が寿命ですね。
最近のSW-M570は保証期間一年だそうなので気を付けたいですね。
一年で買い替えってことになりそう。
M570かM570tなら三年保証なんで、買い直すならそちらかなーって思ってます。
なんだろうなぁ演出って
以前録画しておいた映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」をちょっと休憩中に
最初だけ見たんですが…これたぶん最後まで見れないかな…と。
原作の小説はもう読んでましたので、筋は知ってるんですが
なんかもう映画の描き方が苦手なのきまして。
私はねぇ…あの画面いっぱいに要素を詰め込むのが苦手なんですよ。
前に洋画の「ハクソ―・リッジ」の時にも同じ感想でしたが、
1つの画面に盛沢山すぎるんですよ、要素が。
撃ちながら突き進む兵士のすぐ向こうで爆発起きて人がクルクル―って飛ぶのはね…
リアリティないんですよ。予定通り詰め込みましたって画面なんですよ。
でナミヤ雑貨店の冒頭もそうで、
昔の雑貨店周辺賑わってた過去の映像でねぇ…買い物客やらケンケンで遊ぶ子供とか
盛沢山すぎるんですよ。
過去の日本ってこんなだったよねって要素を何個も同じ画面にいれるもんだから
わざとらしい事この上ない。日常がこんなだったわけねぇだろって思っちゃって。
まずはここがダメでした。私的には。
で、また冒頭ですが。
盗みを働いて逃げる三人の男がねぇ…懐中電灯つけたままガンガン走るんですよ。夜中に。
バカかよと。
メチャクチャ目立つだろ。
それもある程度照明ついてる商店街とか懐中電灯つける必要ないのに、つけて走って光が乱れ飛んでるんですよ。
しねぇよ、どんだけマヌケな泥棒でも、そんな見つかりやすくするようなバカを。
もうこのあたりで無理だなーって感じがしてきて。
で、ナミヤ雑貨店の建ってる場所が小説と違う気がするんすよね。
こんな人通りいっぱいありそうなトコじゃねぇだろ、たしか。って
なんか色々と条件があわなかったんでしょうけどね。撮影場所の都合で。
なんかもう色々イライラしちゃって、これもしかしたら最後までずっと続くかもなって
思っちゃいまして。
多分最後まで見ません。
そういえばをいくつか、
そういえば、禁煙10周年を迎えました。8月下旬に。
そういえば、運転免許の更新に行ってきました。9月末に。
そういえば、艦これを卒業しました。最近。
そういえば、初めて自分から金払って舞台を観に行きました。ヨーロッパ企画。面白かった。
そういえば、気づいたら10月…。
焦りで死にそうですね。10月…ヤバい。
やることだらけです。
やっぱこんな環境だからかもしれんけど、ゲームやってても楽しみ切れないですね。
こんなんもう10年以上前から言ってますが「こんなことしてていいはずがない」って
思っちゃうんか知らんけど、ゲームに集中ってできないですね。
ゲームばっかやってて生きていけるワケないんだから。
っつーわけで艦これをやめましたね。
まぁこの一年くらいはもうイベントやるだけで普段はろくに何もしない感じでしたが
いよいよイベント途中でテンション下がって、新規艦ドロップして後はクリアするだけーって状態で
そのままイベント終了までログインせずという…。
心が完全に折れたなーって感じです。ありがとう艦これ。
グラブルも半分引退ですね。
8月に気が狂ってたんで、DOAXVVとプリコネ始めたんですが、
プリコネは1週間で削除しました。
「これからこの娘たちを育てるのかー」って思ったら「やだよ、そんなん、めんどくさい」って思っちゃって。
DOAXVVは割とコツコツやってたんですが、やはりガチャ確率がカラいのでツラいですね。
もう嫌になってきてます。
グラブルのテンション下がったのも結局ガチャ運でして。
ガチャ運悪いとテンション下がりますね。
徒労感ばかりで得る物がない。
そこでムキになって課金してくれるのをあちらは待ってるんでしょうけど、
課金してキャラを貰うぜーって気持ちの前に、もういいやってなっちゃうんですよね。
これは俺の性格の問題なのかもしれない。
負けるくらいならパチンコもパチスロもしない。負けたくないからって。
パチスロ漫画やってたのに一切パチスロ打たなかった俺ですので。
勝負する前に「いいよ、もう」って気持ちになっちゃうんですね。
イヤな客です。
まぁ俺にはソシャゲは向いてないみたいです。
まぁボチボチ楽しむとこだけ楽しんで、せっせとやることやろうと思います。はい。
まぶたの痙攣が
右目の下の方の瞼がたびたび痙攣してしんどいです。
調べると寝不足やらストレスやらいろいろと原因があるようだけども
そんなん取り除けないっすよ。寝不足はないと思うんだよなーってくらいには寝てるんですよ。
ストレス・・・まぁすごいストレスですので、この数ヶ月は。
それのせいかなー。
まぁしかしストレスの原因なんて簡単に取り除けないですわね。
明日億万長者になったら、解放されると思いますけど。
っつーかしかし、困る。痙攣。
痙攣起きた時に「こうすればその場はおさまる」みたいなのがないんですよ。
グーって指で押さえつけたりはしますけどね。
しかしまいったなぁ・・・。
あいもかわらず、あちこちで自分の部屋の要らない物を売ったり捨てたりしております。
人が見たら「いや、これはもったいないんじゃない?」ってモノも処分してます。
片づける時に重要なことをこの何か月かのプチ断捨離生活で学びましたね。
危険なワードに気づいた。
「もったいない」
これですね。大変大変重要なワードですね。
これはねぇ・・・我々団塊ジュニアにあたる世代がかけられた呪いだと思いますね。
私ら若い頃は公共広告機構ACがCMをやってましてね。「もったいないオバケが出るぞー」ってヤツ。
食べ物を粗末にするとーみたいな奴でしたが。
あのねぇ・・・戦前戦中戦後のモノのない時代を生きてきた人たちの価値基準は「物があること」なんですよ。
物がなかったから、モノがあると幸せって考えなんですね。
だからモノを捨てにくい人たちなんですね。特に貧乏だった家の人はそうです。うちなんてまさにそう。
(同じ物のない時代を生きた人でも家が裕福で、モノがちゃんとあって、不要なものは捨てていた家に生きていた人は
別。)
彼らは高度経済成長の後にきた大量消費・飽食の時代に危機感を感じたわけです。
こんなものがあふれて、ポイポイとモノを捨てる世界ではいけないと。人間がおかしくなる。みたいな。
そして我々世代にCMやら漫画やらドラマやらで「もったいない」を植え付けたんですよ。
これが間違い。
要らないモノは捨てる。この重要な行為のセンサーをむやみやたらな「もったいない」が狂わせる。
「もったいない」は大体次の言葉とセットです。「せっかくだから」「いつか使うかも」
この言葉とセットになると、ほとんどのモノが捨てられない。
いつ来るかわからない「いつか」のために長い時間大きなスペースを占領させて
なんだかわからん備蓄状態にしちゃうんですよ。「もったいない精神」が。
モノのない時代を生きた世代で片付けがヘタだったうちの両親なんかは、この「もったいない」の
線引きがすごい極端な場所にあって、それを見て育った俺はやはりそれに近い感覚だったんですね。
ある種のモノは「もったいないから取っておく」で正解ってモノがあるんですよ。
それはよく使う物だったり。
年に数回確実に使う物とかなんですが。
5年、10年以内に使う可能性がゼロに近いモノや、もしかしたら生涯出番がないモノも「とりあえず」取っておく。
みたいなスタンスなんですよ。
「いつか使う物」は、その「いつか」が来た時に買うんですよ。それで遅くないんですよ。
「こんな時のためにとっておいたんだ」なんてモノが出てこなかったり、探しだしたら劣化してたなんて方がアウトです。
「もったいない」は日本人の美徳だ。って言われるかもしれんけど
それは必要なトコで発揮するべきものなの。
恵方巻の大量廃棄とか、むしろ大量消費社会の中で「もったいない」ことしてるのは企業や団体であって、個人がまだ使える机捨てたって、それはただ不要なゴミを捨てただけなの。もったいないとかじゃないの。
とにかく「もったいない」に支配されてたらゴミ屋敷まっしぐらな可能性ありますね。
俺の大学時代の部屋とかまさにもったいない精神で構築された暮らしにくいゴミだメみたいでした。
まぁ言ってしまうと最近の俺の部屋もかなりそれに近い状態だったんですよ。
もう・・・・飽きた…。
まっすぐ歩けるスペース欲しい。
窓を開けるのに身をよじらないと届かないとか、モノをどかさないといけないとか、もう嫌だ。
「あれ、あの辺にあったよな」ってモノが、物の多さで見つからず、新しく買ったり(ホッチキス何個もある。)、もう嫌だ。
クモやゴキブリが侵入した時に奴らの隠れ場所だらけでどうにもならないとか。もう嫌だ。
引越しするって時に真っ先に自分の部屋の梱包を想像してうんざりするとか。それはもうわかってるんですよ。自分で。
物が多すぎるって。
とにかくもう嫌だなぁと。
スッキリ暮らしたいんですよ。
「もったいない」「せっかく」「いつか使う」これを全否定して頑張りたいと思いますね。
これは本当に前世代の老人たちの呪われた置き土産の思想なんですよ。

