気持ちばかり焦るも今日も頭痛
なんですかね…。ホントに気圧のせいなんでしょうかね。
今日も不調です。体温は平熱。
今日は自律神経のツボ押しても痛くないし。
なんか、…変な病気の兆候じゃないといいなぁ…。

ペンの進みは頗る悪く、焦りばかり出てきますわ。
遅筆キャラにはなりたくなかったのになぁ…。
アシスタント先で「先生ペン入れに時間かかり過ぎだよ。こんなん一時間もあればいいだろ」なんて
思ってた生意気アシだった俺に今の様を見せてやりたいですね。
そういや先日は初投稿の話とかしましたが(まぁ主にクラスでシカトされた事件のことでしたが)
結果を書いてなかったですね。月刊マガジンへの初投稿の結果。
ええ、当然、箸にも棒にもな選外でありました。
奨励賞みたいなの貰えたら良かったんですけどねぇ。
まぁ前にもどこかで書いたかもしれんですが
ある日、月刊マガジンの編集さんから電話がかかってきました。
若手の編集さんって感じの方で、猪熊さんと言う方です。
「今回は残念でしたー。」「どうして西部劇を描いたのか」とかそんな話をされた覚えがあります。
で、「絵がまだまだだから、原稿用紙あげますからいっぱい描いてください。」と。
月刊マガジン特製原稿用紙を百何十枚だか送っていただきました。
なにかしら賞に入らないとそんなんもらえないと思ってたのでちょっと驚きましたね。
で、「まだ高校生ですから、漫画以外のことも頑張ってください」な感じの話をされて。
当時の俺はアホだったので、「漫画の道じゃなくて、将来他のものを目指してもいいんじゃない?」みたいに受け取ってしまい、
「漫画は…まぁ大学入るまではいいかな」と漫画を描くのをやめてしまったんですね。
応援団だの美術部だの、友達とクイズ研究会みたいなことやったり、まぁ勉強もしましたね。
漫画以外の青春を過ごしてしまいました。
せっかく送っていただいた原稿用紙は大体が数学の計算用紙になってしまったり。
まったく申し訳ないことをしたなぁ今思いますね。
あのまま描き続けてればよかったかなぁとか。
どうもこのとき連絡をくださった猪熊さんはこの十数年後に月刊マガジンの編集長になられたようです。
あのまま頑張っていたら月刊マガジンで新人としてやっていったりしたのかなぁ。
まぁわからんですけど。
なかなかの人生の分岐点でしたね。しかし当時はそれがどんだけ重要な分岐点かはわかってなくて
まったく変な話で。
その後、俺が再度ちゃんと投稿漫画を描いたのは大学の三年でした。
それはサンデーに。そして今に至る…という。
もう一個、先日のブログで解決してない点が一つありましたね。
因縁のF氏とのテスト対決。
まぁそんなんクラスで無視されはじめた時点でどうでもよくなっていたのですが、まぁその後は結構勝ってたのではないでしょうかね。
高3の冬のセンター試験。英語でやらかしてしまった俺ではありましたが
うちの高校の文系では俺が一番点数取ったそうなので、F氏よりは良かったわけで、
まぁそれで決着だったのではなかろうかと。
長い人生思えば、そんな…テストの結果がどっちが上かなんてどうでもいいことですけどもね。
まったくそんなくだらんことで勘違いされてクラスでシカトされるとか…まったくろくなもんじゃなかったですね。
