スタートはなんだったのか…(超長い記事です
下描きは別の紙にして、原稿用紙の下に敷いて
トレス台で下から光を当ててペン入れをするので、基本的に原稿用紙は
インクの線だけで鉛筆線はないはずなのですが…。
下描き段階の絵がキツくて鉛筆で修正してペン入れしてたりして。二度手間…。

この40pにどんだけかけるのだか…そりゃ連載ではないので
締め切りらしい締め切りはないわけですが。
40に一ヶ月以上かかるのはイヤだな…アシスタントもいないし、
隔週で20pの連載してる人とあまり
変わらんペースだけども、それでもやっぱもうちょい早く終わらせたかった。
このままだと後2週間はかかるかな…最低でも。
今日は奥さんと「いつ、漫画を描こうという気持ちになったのか」という話をしておりました。
こんな大変な作業、漫画を描くなんてことを、何が楽しくて、何がうれしくてやり始めたのか。
いざ思い返すと…まったく思い出せないことに気づいたんですね。
なんで描いてるんじゃろ。結構頑張って思い出そうとしてみました。
小さい頃はドラえもんの絵ばかり描いていて、絵を描くのは好きだったが
コマを割って漫画を描くというのは縁遠いことだった。
自分のオリジナルな世界やキャラも何も思いつかなかったし。
ちゃんとオリジナルの漫画を描いて投稿したのは16歳、高1でしたね。
投稿先は月刊少年マガジン。特に思い入れのある雑誌でなかったけど、応募要項がぬるかったんですよ。
規定枚数が決まってなくて、極端な話80pだろうが100pだろうがよかったので。
それがなぜ描いて投稿しようと思ったのか。これがまたどうにもね、今思い出すとよくわからんのです。
ただきっかけだけはよーっく覚えてます。
クラス内での孤立でした。
ボクは高1の二学期途中からいきなりクラスで無視され始めたんですね。
まぁこれは数年後原因がわかるワケですが。
事件の発端は
中学からの付き合いのF氏。
ボクとF氏とは基本的に仲が悪くてですね。高1の時に別々のクラスになってホッとしたものです。たぶんお互い。
ある日F氏と会った際、テストの結果を聞かれ、「バーカ」とコケにされたわけです。
彼は学年でも上の方、ボクはと言うと百数十番でした。百番以上の差ががあったわけです。
それから割と意識的に勉強をするようになったわけです。F氏に勝って「バーカ」と言い返したいがために。
ボクと同じクラスにはF氏と部活が同じのK氏がいまして。
K氏もF氏をあまり快く思ってなかった、仲間でした。
定期テストが返却されるとK氏の席までいって「こんだけ点とれたわ、これでFに勝てるな」みたいな話をしてたんです。
その姿は、事情を知らないクラスの中心的な男子M氏と周辺には「成績を自慢する嫌な奴」とうつったようです。
かくして、数ヶ月仲良くしてたクラスの人たちは一斉に私と話をするのをやめました。
中心人物M氏たちが「そのようにしましょう」と、私を孤立させることにしたようです。
ある日を境に男子も女子も、誰に話しかけても無視。俺が何かやれば蔑んだ目やら、嫌な笑いをかけてくれます。
まぁ軽く地獄でした。
仲良くしてたK氏までもが私をシカトする始末。
あれー、こないだまでみんなと仲良くしてたつもりだったけど…って感じで。
無視されるようになった上記の原因話は後年付き合いが復活したK氏から聞いたもので
その時は何が原因でこうなったのか俺には皆目わかっていなかったので、混乱っぷりもすごかったですね。
同じ美術部だったクラスメイト二人がまだそれらに影響されず話をしてくれたことと、他クラスの友人たちの存在が本当に救いでした。
さて、ここでボクは漫画を描くことになるわけですが。
ここが自分でもわからんのです。
「クラスで無視され始めた。学校が辛い」→「漫画を描いて投稿しよう」
???????
この矢印部分がどうにも思い出せないというか、なんでそうなったって感じなんですね。
これでボクが描いた漫画が「いじめっ子に仕返しするいじめられっ子の漫画」とかなら
うっ憤晴らしにもなったと思うのですが、新米保安官と町を仕切る強気な女が主人公の西部劇だったんですね。
どうしても思い出せない。なんで、俺はあの苦しい時期に漫画を描き始めたのか。
逃避にしても、なんでそんな手間暇かかることを…今まで描いたこともないオリジナル漫画を、
それも60pくらい描いたんですよ。すごい大変だったと思いますわ。
トーンとか当時は高かったし。
あそこで俺は漫画に何を求め、何を感じて、どう描いていたのか。
今ねぇ…漫画にやけに時間かかるようになって、苦しい瞬間も多くて、
一度ちゃんと自分にとっての漫画とはってことにしっかり向き合いたいなぁと思うわけです。
どうして俺は漫画を描くようになったのか。俺は漫画の何が好きだったのか。みたいなの。
しっかし、どうもそのキーポイントになるであろう、高校時代の初投稿の所の記憶が
抜けてるんですよ…
って、そんな話をダラダラとブログで書いてどうすんだって感じですが。
結局「思い出せてない」ってのがね。まったく。
あ、そうそうクラスの無視に関しては、その後、一年生終了までずーっと続きました。いやぁ地獄でした。
しかし先生方も俺がクラスでヤバいっぽい立場になってるの気づいてたみたいで、
二年に進学してクラスに入って見れば一年時と同じクラスだった奴が一人だけという状態で、見事に分散させてくれました。
先生方ありがたかったですねえ。
そこからボクは色々と知り合いを増やしていって、
ボクとあいさつしたり話してくれるような人間がたぶん100人くらいになって、
無視してくださった方々は相変わらず僕を見ると素敵な不貞腐れ顔を披露してくださってましたが、
あちらのが圧倒的に少数派になってましたし、別のクラスになったしで、あまり気にもならず、平和な日々になりました。
まぁしかしあれがなかったら投稿しなかったかもしれないので、あの無視してくれた人たちに感謝の気持ちも…
いや、ないですね。恨みしかないですね。何年経っても。
あの人たちがもし悲惨な死に方したりして、それを耳にしたら、少しだけ微笑むくらい、そんくらいイヤな思い出ですね。
ああいう時に人間ってのは本質が見えるんです。一度見てしまったら
どんなに大人になって表面上まともになっても人付き合いなどできませんね。
