逃れられない状況だったの何故だろう
なんか中学の頃を急に思い出してましたね。
あの頃は全国的に…かしらないですが、男子中学生は校則で
全員丸坊主でした。
今はいい時代になりましたな。
実際私が中学出たくらいの頃に丸坊主校則は各地から姿を消し、以来あんな馬鹿な人権侵害校則は再発生してないです。
問題のある校則はまだあるようですが。
しっかし…なんの意味もなく「昔からそうだから」というクソな保守性で
何十年も思春期男子たちを丸坊主にし
女子たちはオカッパか三つ編みにしてたなんて。
受けつがなくていい伝統もキッチリ受け継ぐのが僕は日本人の本当にダメな所だと思います。
そんな中学時代はなんか部活に関してもすごい圧があって、
「全生徒必ず部活動に所属しなくてはいいけない」
これですよ。
今考えるとどうして?と思いますが、あの頃そんなこと言おうものなら同調圧力でつぶされていたことでしょう。
で、不思議なのがね、一度入った体育系部活をケガとか正当な理由なく抜けて文化系部活に入りなおすのは
なぜかすごい裏切者というか、逃亡者って目で見られたんですよね。
すごい社会だったな、思いだすと。
文化系部活がすでに少なかったんですけどね。吹奏楽はガチだったので、あそこはなんかもう雰囲気は
体育会系だった気がする。
理科部・囲碁将棋部…くらいだったかな。体育会系やめてそちらに移った子とか、最初から囲碁将棋部の子らは
なんか差別的な目で見られてた気がしますね。
結局みんな体育会系でヘトヘトになるの好きじゃなかったんですよ。嫌々やってたから
そこから逃げた奴らが許せなかったんですな。
まったく最悪な状況でした。
僕はやせたくて、強くなりたくて柔道部に入りましたが、はっきりいって全くセンスがなかったし
向いてなかったので、途中やめたいなーっていつも思ってました。
ある日、隣の中学に合同練習に行くと道場前に部活棟みたいなプレハブたちがあり、そこに
「漫画部」ってあったんですよ。
隣の中学は生徒数多い大きな学校だったから、多彩な部活があったのでしょう。
僕はやはり漫画が描けたら描きたい子だったので、
見つけた瞬間「漫画部だ。いいなー」って
言ったんです。
そしたらそれを聞いた柔道部員の友人に
「だったら辞めちまえ!」ってすげぇキツク言われたんですね。
まぁね、体育会系抜けて文化系行くだけで蔑まれた時代、
そう言われるのもしょうがないと思ったけど…。やっぱり僕は漫画部がある中学は
うらやましかったんですよ。
そしてやはり思うんですよ。
あれは不幸な時代、不幸な環境だったと。
やりたいことはコロコロ変わってもいいし、体育会系だろうと文化系だろうと
尊重されるべきだと思いますわ。
あの頃に、漫画部に入りたくても、そんな部活もなく、あったとしても裏切者扱いされたであろう
あの頃の中学時代の僕に、語りかけながら漫画描いてますわ。
今細々とだけど、いろんな人のおかげで漫画描いて生きてるよと。
漫画部に入って放課後漫画描いてばかりなんてのを夢見たあの頃の僕はきっと
今の僕を見たらうれしいのではないかなと。